徳川家康の死因が鯛の天ぷらというのはウソだった!

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徳川家康が亡くなったのは、1616年4月17日です。享年75歳ですから、戦国時代の武将としては長生きの方に入ります。

家康は健康オタクだった!

戦国武将として、類まれな策を弄し、天下人に上り詰めた家康ですが、その長寿の秘訣は健康オタクにありました^^



家康は医学書を読み漁ることを始め、自分で漢方薬を調合したりしていました。普通のイメージとして、将軍であれば自分では何もしないと思いますが、結構マメだったようです。

また、鷹狩りにもよく出かけて身体を頑健に作るように心がけていました。鷹狩りといえば、当時の武将がたしなみとしてよく行っていたのですが、家康は今川氏の下で人質生活を行っていた幼少の頃から鷹狩りを好んでいました。



家康が75歳まで生きられた長寿の秘訣は、鷹狩りに見いだされるのかもしれません。

健康オタクの家康はなぜ死んだのか?

家康の体調が悪化したのは、皮肉なことに鷹狩りに出かけた直後のことです。

1616年1月21日鷹狩りから戻った家康は、家臣の榊原照久が献上した鯛を大食いします。よっぽどお腹が空いていたんですね。

料理人は茶屋四郎次郎(ちゃやしろうじろう)です。料理方法は、言わずと知れた天ぷらです。ただ、天ぷらといっても現代のものとは違います。鯛のすり身を油で揚げたさつま揚げのようなものだったようです。(ちなみに、関西方面では、すり身のような揚げ物を天ぷらと呼んでいます。もちろん、全国的な天ぷらも、やはり天ぷらです^^)


家康は鯛の天ぷらに、ニンニクやネギが具材の醤油だれをかけて食べていました。今でいう、南蛮漬けのような食べ方です。



家康は夜中に腹痛や吐き気などの食中毒症状に襲われます。それから3ケ月後に永眠することになります。

家康が油料理を食べ慣れておらず、消化不良を起こしたのかもしれません。でも、食中毒症状が3カ月も続いて、その結果、死に至るというのは考えられません。深刻な食中毒であれば、かなり早期に絶命します。



家康の本当の死因は何だったのか?

家康が体調を崩した直接の原因は鯛の天ぷらにあるとしても、実は本当の死因は現代病でもある『胃がん』だったという説がとても有力です。

根拠として、寛政年間に江戸幕府によって編纂された系譜集「寛政重修諸家譜(かんせいちょうしゅうしょかふ)」に『御腹中に塊あり』と記されているのです。



つまり、家康の腹部にはしこりがあったことになります。現代でも乳がんに代表されるように体のしこりは重篤な症状の前兆と言われています。

この説はとても信憑性が高いと思います。家康のように、始終ストレスに悩まされる生活では胃に相当の負担がかかっているからです。むしろ、75歳まで耐えた家康の精神力こそ、賞賛に値します。

鯛の天ぷらを食べて、体調が悪化した家康のとった行動は?

家康は、体調不良の原因をサナダムシによるものと自己判断しました。何と、自分で調合した漢方薬で治そうとしていたそうです。


健康オタクであったがゆえに、侍医の意見に耳を貸そうとしなかったのでしょう。



でも、侍医の意見を聞いたとしても、現代でも半ば不治の病である胃がんには抗うことは無益であったのかもしれません。

志を遂げた家康に合唱。

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