知覧特攻平和会館への交通アクセス!特攻隊員の手紙は現在への礎!

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「知覧特攻平和会館」には
第二次世界大戦の末期
沖縄戦で戦った
「特攻隊員(陸軍特別攻撃隊員)」の

遺品や資料が展示されています。



敗戦が自明の理となったのに

人を物として扱った大日本帝国が、命の尊さを踏みにじって



最後の作戦として

発令したのが「特攻作戦」でした。



遺族の方々の協力により

当時の特攻隊員の生活の様子や

家族に書いた手紙などが
提供されています。



命の尊さや
戦争による被害について

改めて考えさせられる

貴重な空間です。


知覧特攻平和会館で見るべきものは特攻隊員の手紙




「知覧特攻平和会館」には

当時の様子を後世に残すため

様々な資料が展示されています。



鹿児島沖の

水深35メートルにあった

零戦 ゼロセン(海軍零式艦上戦闘機)は
35年ぶりに引き上げられ
当時の部品や写真と一緒に
展示してあります。



特攻隊員が出撃するまで

寝起きをともにしていた

三角兵舎」は

会館の横に復元されています。

※見学できます。



陸軍沖縄特攻作戦で亡くなられた

1,036人の「遺影」も
出撃して戦死した順に

展示されています。

知人や家族に宛てた
「手紙」「辞世の句」は
立体ケースに展示され

実物を間近で見ることができます。



なかでも

10代、20代の若者が残した

「辞世の句」や「手紙」は

とても心に響くものがあります。



「お国のために喜んで出兵する」

とわざと明るく振る舞うかのように書かれているものもあれば



家族に対して

感情的に記された手紙もたくさんあります。



涙無くして読むことができない…
なんて生易しいものではありません。



私はわずか2時間ちょっとしか「知覧特攻平和会館」に
いませんでしたが、大半を手紙を読むことに費やしました。

切なくて重苦しくて、そのアトのしばらくの記憶が
ありません。



「知覧特攻平和会館」を訪れるのは
現代を生きる日本人の義務のように思えました。



知覧特攻平和会館への交通アクセス




知覧特攻平和会館は、鹿児島空港からも少し距離があります。
時間の余裕を持ってお出かけください。


主要都市から鹿児島までのアクセス

  • 東京から
    飛行機で「羽田空港」から「鹿児島空港」1時間35分
    新幹線で「東京駅」から「博多駅」経由「鹿児島中央駅」6時間20分
  • 大阪から
    飛行機で「伊丹空港」から「鹿児島空港」1時間10分
    新幹線で「新大阪駅」から「鹿児島中央駅」3時間44分
    高速バスで「大阪(梅田)」から「鹿児島中央駅」11時間40分
  • 福岡から
    飛行機で「福岡空港」から「鹿児島空港」40分
    新幹線で「博多駅」から「鹿児島中央駅」1時間17分
    高速バスで「天神)」から「鹿児島中央駅」3時間50分

鹿児島県内から知覧特攻平和会館までのアクセス

  • 鹿児島空港から
    空港バス(鹿児島市内)「金生町」下車徒歩5分「山形屋バスセンター」から
    「特攻観音入口」 1時間40分空港バス(指宿・山川)「平川」で乗換え「特攻観音入口」 1時間30分

    空港バス(指宿・山川)「喜入」で乗換え「特攻観音入口」 1時間40分

    空港バス(鹿児島市内)「鹿児島中央駅」で乗換え「特攻観音入口」2時間20分

    レンタカー・タクシー(高速使用)1時間15分
  • 鹿児島中央駅から
    JR指宿枕崎線「平川駅」下車徒歩5分「平川」からバス「特攻観音入口」
    1時間15分JR指宿枕崎線「喜入駅」下車徒歩3分「喜入」からバス「特攻観音入口」
    1時間20分

    レンタカー・タクシー(高速使用)1時間5分
  • 指宿駅から
    JR指宿枕崎線「平川駅」下車徒歩5分「平川」からバス「特攻観音入口」
    1時間20分JR指宿枕崎線「喜入駅」下車徒歩3分「喜入」からバス「特攻観音入口」
    1時間

    レンタカー・タクシー(高速使用)46分

車をご利用の方

「九州自動車道」または「指宿スカイライン」
  • 「谷山IC」より約45分
  • 「指宿スカイライン知覧IC」より約20分*「谷山IC」から「指宿スカイライン」を利用して「知覧IC」で
    下車可能ですが  所要時間は一般道とほぼ変わりません。

駐車場のご利用

バス 約40台 無料

普通車 約500台 無料


まとめ

「戦争」に対する考えには

様々な意見があるかもしれませんが



日本の過去を知る上で

「知覧特攻平和会館」は

一度は訪れるべき

場所なのではないでしょうか?



「戦争」によって起きた悲劇を

実際に感じ取ることができます。





「必ず死ななければならない」が作戦名だった

「特攻作戦」で亡くなった若者が



最期まで信じていた

「日本」の平和が何なのかを

深く考えさせられます。

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